オリエンテーリングマガジンで連載中のTop of Orienteering(ToO)。この記事はO-Support編集で、発刊後にO-Supportブログに掲載する許可をいただいております。しかもマガジンには収録できなかった未公開部分を追加。
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さて、記念すべき第1回は、3月の全日本オリエンテーリング大会で日本チャンピオンに輝いた尾崎弘和選手。来年のスウェーデンでの世界選手権をターゲットに見据え、日々トレーニングに励んでいる彼の目指すものとは。
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「世界一になりたい」
日本の選手からこの言葉を聞いたのは久しぶりだった。思うだけなら誰でもできる。しかし思わなければできないこともある。近づくことさえ難しいその場所を目指す若きチャンピオンはどんなオリエンテーリングに取り組んでいるのか。3月の全日本で優勝し、夏の世界選手権に出場する尾崎弘和選手へのインタビュー。(取材日:2015/4/12)
タイムを伸ばす意識へ修正
―全日本の優勝おめでとうございます。レースのできはどうだったのでしょうか?
ありがとうございます。3月頭あたりは調子を落とし、インカレ(学生選手権)で勝つこともできなかったのですが、1週間前にロングレース(京大京女大会)に出場しました。そのレースで調子は上がって来ていると感じたので、全日本ではチャンスはあると思い、勝つための調整をし、それをうまく実行に移せたよいレースでした。
―調整したということですが、何か工夫はあったのでしょうか?
大きくは2つあります。1つはコーチからトレーニング量が多すぎるのではないかと指摘があった。自分の中ではインカレのときに結果が出せなかったのは自分の走るスピードが落ちているからではないかと不安になっていましたが、インカレ後にその話を聞いてから、疲労がたまっているからなのではということに気づけ、トレーニング量を落として徐々に調子を上げることができた。
もう1つは技術的な面で、インカレではメリハリのないレースというか、小さくまとめようとしてしまっていたのでその部分をうまく修正し全日本に臨むことができました。
―つまり全日本では小さくまとめないレースをして結果を残せたということだと思うのですが、それは具体的にはどんなレースなのでしょう?
今回の全日本は自分の中では1年の集大成です。また留学から帰国した9月以降、あまりいい結果を出せていなかったのですが、最後にいいレースをすればそれでいいと考えました。それまでは勝つためにミスをしないということに意識が行き過ぎていましたが、ミスをしないだけではなく、さらにどれだけ自分のタイムを伸ばせていけるかをテーマにレースを組み立てました。
世界選手権30位を目指す
―なるほど。結果よりもよりよいパフォーマンスを出すことに集中したことで結果が伴ったということですね。これは選手としてはとても気持ちよかったのではないかと思います。ところで尾崎選手は北欧に留学してまでオリエンテーリングに集中して取り組んでいますが、この先に見据えている大きな目標は何なのでしょう?
私はスウェーデンに留学していましたので、2016年のスウェーデンでの世界選手権をターゲットにしています。特に自分は去年1年間、誰よりもスウェーデンの森で練習してきたので、ミドル、ロングでしっかり結果を出したいと考えています。
―しっかりというのは?
自分の中では30位を切るというのはかなり難しいことだと考えているので、まずはそこを、日本男子としてはここ何十年もそこに行けていないので、30位を切れるようにトレーニングを積んでいきたいです。
―そんなに簡単な目標ではないと思いますが、それを達成するためには具体的にはこういうことをすればよいとか、道筋は見えていますか?
スウェーデンのテレインに対応するには、スウェーデンのテレインに行くというのが一番大切だと思っているので、できる限り今年は遠征の機会を増やしていきたいです。具体的には夏休みや冬休みなど休暇を利用して、その期間をスウェーデンでのトレーニングに充てたいです。
スウェーデン留学で得たもの
―それは2、3ヶ月とかそのくらい?
そのあたりはまだはっきりしていない。少なくとも1か月くらいはトレーニングしてきたいです。
―ただ行っただけで早くなるとは限らないと思うのですが、日本ではやれないあっちだからこそできるものってなんなのでしょう?
森を走るということだけでも日本とはちょっと違った技術が必要になります。スウェーデンの森の中を早くまっすぐ正確に走るという能力はスウェーデンでしか身に付かないし、それが身に付けばオリエンテーリングに有効だと思っています。まずはそういった部分でしょうか。
また日本に比べてスウェーデンのオリエンテーリングは線と辿って走るというものではなく、これが正解というラインがないテレインでルート選択をしなくちゃいけないというところを実地で練習していくというのはこの先1年でとても大切になるのではないかと思っています。
―僕自身の経験では1人で練習していてもあまり速くなれないと思いますが、留学中に作ったコネクションを活かせるような環境はお持ちでしょうか?
留学中はスウェーデンのイェーテボリに滞在し、その町のクラブに所属していました。そのクラブにはやはり2016年の世界選手権に向けてトレーニングをするために長期で滞在しトレーニングを積むことを決定しているスイスの選手が1人います。そういった選手と連絡を取りながら一緒にトレーニングをして高め合っていければと思っています。
また私だけが速くなっても日本チームとしては意味がなく、チームとして速くなっていかなくてはいけないと思っているので、できるだけ僕以外の日本人、日本のチームメイトを巻き込んでどんどんとレーニングしていきたいと考えています。
特にこれまではとにかく自分を速くしていくことに集中してきました。しかし、ここからは自分だけではなく、自分を取り巻く環境の中にいるチームメイトの人とともに高め合える環境を作っていくこと、あとはそういう環境の中でトレーニングをしていくことが自分の中での課題だと思っています。
日本チームの中でも自分は徐々に最年少という年齢ではなくなってきている状況なので、自分の後に続いて来る選手と一緒に強くなっていくというビジョンを考えています。
日本チームを戦う集団に
―代表チームというのは自分こそが速くなってやるという選手の集まりだと思うのですが、そういう心配をしているということは、言い方を変えれば今の日本チームは戦う集団になっていないということでしょうか?
そんな気がしています。例えば、チームとして、強くなるという意識があるなら自然と海外でトレーニングキャンプをしようという話になって当然だと思うのですが、でもそういう流れが全然出てこないことなどが挙げられます。今年は、そういう流れが出つつあるけれど、まだまだ弱い。もっと多くの選手が世界選手権で結果を出すということの意味、ビジョンがまだチームの中にできていないのだと感じます。
チーム力を高めなくてはいけないと思ったきっかけはワールドカップなど大きなイベントに一人で参加した経験があったからだと思います。その時にスウェーデンなど強豪国は、自分のチーム、つまり自分の居場所を持っていて、それが彼らの走りを支えているのではないかと考えたからです。また、ウクライナやブルガリアの選手も、ほかのチームの知り合いも多く、自分の居場所をホームグラウンドに変える工夫をしている気がしました。こういった工夫が、国際大会で結果を出す一つの要素になっていくのかと思いました。
日本チームもどんどん他国とつながりを持ち、海外の大会をホームの大会のようにしていくのは重要だと、去年から考えていました。一人より、大きなグループを作り出せる選手が海外には多いですよね。
―留学中のことをもう少し聞きたいのですが、向こうで色々と練習をしてきて、でもまだ行きたいということはまだ足りていない、十分ではないという段階にあるということなのでしょうが、ヨーロッパの選手と比べると、こういうところが違うなというものはあるでしょうか?
スウェーデンの選手はとにかくタフです。自分はロードランナーよりのトレーニングを積んできていますが、そのせいか森の中での安定やスピードは全体的に遅いなと感じています。一方でスウェーデンの選手というのは本当に、特に体の軸がしっかりしていて、湿地やでこぼこしたところを走ってもまったくぶれずに地図を読み続けながらまっすぐ進んでいくことができます。そういった能力が非常に高いと感じている。
あとやはり一回で読み取れる地図情報が速くて正確で、かつ地形理解能力がとても高い。そういったところをもっと高めていかないと彼らに追いつき、追い抜くことはできないのかなと思います。
―追いつけると思いますか?
追いつかないといけないと思っています。僕は追いつくためにオリエンテーリングを続けているし、これからも続けていきたいと思っています。
―そうやって続けられる理由は何だと思いますか?オリエンテーリングのどんなところが好きなのか、というか。
オリエンテーリングは、突き詰めれば突き詰めるほど新たな世界が広がってきます。そういうところが僕は大好きです。私はオリエンテーリングを10年以上続けていますが、いまだにゴールは見えません。それどころか、次から次へとさらに上の技術、走りが見えてきます。
私はそういった目標を1つ1つ超えていき、上を目指していけるところが好きです。また、オリエンテーリングは日本に限らず、世界中で行えます。オリエンテーリングがうまくなって、世界選手権に出場すれば、世界中に友人ができます。そして、世界のさらに高いレベルに飛び込んでいけばそこでまた新たな発見があり、新たな出会いがあります。そこでまた新たな壁にぶつかって、乗り越えていく体験をすることもできます。そういった挑戦的な場が、果てしなく続いているのはオリエンテーリングの最大の魅力だと私は思っています。
私が、今まで、そしてこれからもオリエンテーリングを続けていきたいと思っているのは、さらにこの先、自分が高みに進んでいったらどんな世界が広がっているのか、それを見てみたいと思っているからです。そして、自分が切り開いていった道を、また次の世代の人が歩んでいけるようにしていきたいと思っています。同時に、それがオリエンテーリング界全体の発展、オリエンテーリングが生涯スポーツとして社会で広く愛される足がかりになってほしいと思っています。
―オリエンテーリングでの夢は?
世界一になりたいです。そこにどれだけ近づけるか、それが自分のこれからのオリエンテーリングの目標になってくると思います。
―気持ちが衰えることはないですか?
現実的な話をすると、これからの自分の人生をどうやって生きていくか真剣に考えないといけない年齢にもなってきたので、そことの兼ね合いもあるのですが、、、続けられるのであれば続けたいと思っています。
―現実的な話に戻ってしまったので、最後も現実的な質問をしたいと思うのですが、世界選手権で30位になるためには今年の全日本のコースを何分で走れるようになる必要があると思いますか?
一概には言いにくいですが、世界チャンピオンが走ったら60分台近くは出してくると思います。今回のM21Eですと、80分は切れるくらいにならなければいけないと考えています。高い目標ですが、近づいていきたいです。77分くらいだと思います、多分。
―なるほど、ありがとうございました。世界選手権に向けて全力を尽くしてください。
ありがとうございます。
最後に尾崎選手が示した全日本M21Eで77分というタイムは果たして妥当なのか?過去7年間の世界選手権ロング決勝のデータを基に検証してみた。世界チャンピオンに対し30位の選手は平均117%で走っている。それに対して比較できる日本選手のデータは昨年ロング決勝を走った結城選手のみで50位134%だが、2013年までの日本選手のロング予選ベストリザルトの対トップ比平均が130%であることを考えれば決勝134%は妥当な線だろう。対トップ比134%の選手が87分かかったコースを世界チャンピオンは69分台で走り、30位の選手は77分で走ることになる。尾崎選手の感覚はほぼ正しい。日本男子が30位以内に入ったのは1979年に杉山隆司氏が記録した28位以来で、36年間誰も到達していない。その壁を破る走りを目指す尾崎選手の活躍を今後も追っていきたい。