【ToO #2】皆川美紀子 ~より自分の成長を期待できるようになった~

現在イギリス・スコットランドにて開催中のオリエンテーリング世界選手権。前半戦のスプリントが終わり、いよいよ後半戦のフォレストへ。

Top of Orienteering第2回は日本女子のエースとしてチームを引っ張る皆川美紀子選手へのインタビュー。本記事が掲載されるオリエンテーリングマガジン8月号は発行されるかされないかというタイミングですが、日本代表応援企画として公開いたします。これから皆川選手や前回インタビューした尾崎選手たちがスコットランドの森に挑みます。日本代表チームにぜひ熱い応援をお願いします。

2015年オリエンテーリング世界選手権(英語):http://www.woc2015.org/
オリエンテーリング日本代表ブログ:http://www.orienteering.or.jp/NT/blog/

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2005年の世界選手権(WOC)。代表経験豊富な選手に混じって初めて日本代表に選ばれた彼女は、開幕戦のスプリント予選を通過し決勝へ。日本中のオリエンティアが熱狂した暑い熱い愛知で鮮烈なWOCデビューを飾った。

あれから10年。WOC決勝の舞台に何度も立ち、日本チャンピオンに。日本のオリエンテーリング界のトップシーンを駆け抜けてきた彼女だが、現在は一児の母。母になって初めての世界選手権。皆川美紀子は何を思う。(取材日:2015/6/14)

4度目の決勝へ立てるか!? 写真:World of Oより

写真:World of Oより

まだまだ調子は戻らない

―全日本大会、東大大会と結果を残し、出産のブランクを感じさせないパフォーマンスを感じます。

 いきなりネガティブな話になってしまいますけど、体力的な面ではまだまだ戻っていません。以前よりトレーニングできる時間も限られているので当たり前ですけど。でも体力戻らないとレースに集中できないんですね。体力ありきのオリエンテーリングをやっていたので、手続きも雑になるというか、そういう感じで。

―まだ調子が狂っている感じ?

 そうなんです。体力がないからこそ本当はうまくやらないといけないところを雑にしてしまう。そのバランス感覚も戻っていないというか。こういう手続きをやってっていうのを体が思い出せてないです。

 全日本はそのときの体力の限界値まで出しつつオリエンテーリングをきちんとできていたので、戻って来ているなと感じましたが、その後またうまくいかなくなったというか。体力を戻す方に重きを置いちゃって、技術的な練習を疎かにしてるな、って。東大大会も優勝はしたんですが、大きなミスをしていて、それはこれまでならきちんと防げたんですけど、雑になってた面があり、それで自信をなくしちゃってその後もミスを重ねて・・・ レース内容としてはそんなにはよくなかったです。

―あれっと思うのは、全日本で上手くいったと感じながら、なぜ体力を高めるトレーニングに重きを置いたのか?という点です。

 いや、全日本でも体力に不安はあったんですが、WOCのためにはもっとスピードのあるレースをしたいというときに、もう少し欲しい、と。あと力強い走りというよりはベースがなくなってしまっている。持久力とか。長く走るっていうのができなくなっているので。

―水準を上げたということですね。自分の目標の水準が上がったので、当然必要な体力も上り、足りていないという判断に至ったと。

 そうです。

国内最終合宿にて

国内最終合宿にて

一からの挑戦

―そのWOCで出場するレースは?

 スプリント、スプリントリレー、ミドル、リレーです。

―ロング以外?

 そういうことになってしまいました。

―スプリントは過去3回決勝に残っていて(※1)、決勝での順位もちょっとずつ上がっています。今回の目標としてはさらに高いところを目指している?

 行きたいとは思うんですが、一回がくんと下がった時期もあったので(※2)、トントン拍子に上っているという感じはしないです。今回も出産のブランクがあったんで、また決勝に残れるかどうかの挑戦、というところからです。ボーダーにどこまで近づけるか、超えられるか、そこからもう一度やり直しだな、と思っています。

―ミドルは2012年にスイスで予選を走っただけですが、どうでしょう?

 決勝のミドルはどのくらいテクニカルなのか、という不安もあるんですけど、対応しやすいというか、コンパス使って真っ直ぐボーンといける部分もあり、そんなに苦手と言うか、出来ない、手が出ないというようなテレインではないので、日本でやっているように、コンパスを信じて進めばなんとかなるのかなと思っています。

―数値的な目標は?

 正直なところ数値的なものは今はないです。トップからどのくらいで走れるか挑戦、というところで、まだ順位とか数値的なところを狙えるレベルに達しているところにいないような気がしています。

―勝手なイメージとしてはミドルはあんまり得意そうじゃないですが、それはそれで楽しみですね。

(笑)楽しみです。

―しかしスプリントとミドルとではコースのタイプが異なるので調整の仕方に苦労しそうですが、自分の中での切り替えるポイントとか、シミュレーションしていることはありますか?

 今回、事情があって、事前のトレーニングキャンプに行けないんです。スプリント予選のすぐ前に現地入りなので、長い間向こうでスプリントやったりミドルやったりということではないので、行くときはスプリントのことだけ考えて、ドンっとやって、スプリント終わったらスプリントを忘れてフォレストの方へ切り替える、というような感じです。

―大会日程は先にスプリントがあって、フォレストですね?

 そうです。スプリントの後にレストデーもあるので、モデルイベントに入ったりしながら、フォレストの頭に切り替えて、ミドル、リレーっていうふうに走ろうと思っているので、そこの切り替えにはそんなには不安を感じていないです。

―イギリスには行ったことは?

 ないです。初めてです。なので99年のWOC(※3)に行った方の話を聞き、トレキャンにいった人の話も聞き、イメージをしっかり作って行こうと思っています。

―世界選手権デビューから10年になりますが、チームの見方や自分の立場が変わったというところはありますか?

 当時は本当一番下で、大先輩がいる中で自分は必至でついていく感じだったのに、あれよあれよという間に今回は私が最年長になってしまって、経験もあるので、お手本となるような選手になれたらいいなっていうことで、チームリーダとして、そういう意識を持てたらと思いつつ、個人戦のことにも頭がいっちゃって。いやでも、そうですね。走りで日本を背負っているところを見せられればと思っています。特に他の女子はみんな初WOCだっていうのもありますし。

日本代表壮行会にて

日本代表壮行会にて

自分を追い込み復帰の道へ

―10年間の成長を感じる発言に頼もしさを感じます。途中で話もありましたが、出産を経験してお休みされ、まだ十分ではないとはおっしゃいつつも、それでも全日本で優勝できるレベルにまで戻してきました。端から見ていると順調に復帰したように見えます。

 そんなことないです。苦しんできました。まずモチベーションが上がらないんです。子どもの世話に追われて、それだけで疲れてしまって、他のことをやろうという意欲が湧かなくて。それでもやっぱり競技をそれなりにやりたいな、どれくらいのレベルでやれるかわからないんですけど、競技復活したいなというのがあったので、大会にエントリーして走らなきゃいけないような状況へ追い込んだ、そうやってモチベーションを高めるのを待ったという時期がありました。

 オリエンティアにも子供を出産して競技をやっている方もいて、みんな同じような大変さを経験してるというのを聞き、それからそんな無理してやらなくても時間が立てばモチベーションが上がって来るとか、トレーニングし直して出産前より速くなったといったことも聞いて、自分も学んだというか、やれるんだという気持ちになって今に至っています。

―いろんな人ががんばってるんだから、自分もできるはずと。

 そうです。かなり調べました。インターネットでも、他の競技、オリンピックレベルのトップアスリートがどうやっているのかなというのを検索したんです。でもやっぱり日本では産後復帰に力が入っていないというか、方法がまだ確立していないので、産後のトレーニングとか、特にトップアスリートのレベルに戻す方法が調べてもそんなに出てこないし、わからなかったです。だからオリエンティアのママさんたちに聞くしかなかった。

 でも身近な人からのこういうトレーニングやっているよと言うアドバイスは、「あ、じゃあ自分もやってみよう」という気になれてよかったです。それを自分なりに工夫してやっています。

―お子さんの様子は?

 「ママ、ママ」と来る時期でもあるので、子どもがかわいそうでもあるんですけど、「ママ、がんばるからね」と言って子どももがんばらせています。

―お母さんのそういう姿を見ながら育つというのはなかなかない環境ではありますね。

 そうなんです。子どもはなんだかしっかり自立できそうだなというのを考えてやっています。

―子育てしながらだとトレーニングするだけでも苦労は絶えないと思いますが、工夫をしているやり方などありますか?

 家族の協力がなくては本当にできないですね。子ども1人ほっとけないので、旦那と交代で面倒みる機会があるので共生しながら、やっています。

 それから私の両親も、旦那の両親も、協力して子育てを手伝ってくれているので、そういう恵まれた環境のなかでできているのはありがたいです。

―仕事の方も復帰されていますよね?もう既に今まで通りの仕事を?

 そうなんです。今まで通り。

―現在もアスリート待遇(※4)で?

 違います。今は一般社員になっていまして。でも子どものお迎えがあるという理由で早めに帰らせてもらっています。ただ帰ってからではなかなかトレーニング時間を確保できないので、お昼休みにトレーニングできるよう勤務体制を融通してもらっているので、その点は会社からも理解をもって、温かい目でやらせていただいています。

若い選手へのアドバイスを行い経験と情報を共有

初代表の選手へアドバイスを行い経験と情報を共有する

もっと成長できるんじゃないか

―まわりのサポートなしではできないわけですね。そのサポートを得られる環境を作れることがまず大事だと思います。そういったサポートを得るには、大会に出たいという気持ち以上の原動力というか、大きな夢があるからこそだと思うのですが、どうでしょう?

 本当は、子どもができたら引退していいかなと思ったんですが、いざ子供を産んでみると、女性として出産という大きな仕事を終えて、なんだろう、自分がもっと成長できるんじゃないかという期待と言うのも出てきて。他のアスリートでも産んでから選手として活躍している人もいて、すごくかっこいいなと思って。私もそんな中の1人になりたいなと思ってまたがんばり始めました。

 前はもっと選手として純粋に、日本人のトップとしてどこまで行けるかという自分の中での追及でしたが、そこも重視するとともに、出産を終えてからもスポーツ選手として生きていくことができるんだという姿を見せられる、目標になるような選手になりたいなというところがあります。順位だけではなく、何かを伝えられるような選手になればいいなと思っています。

 あと、今は女子選手がすごく少なくて寂しいので。就職とか出産とか、いろいろ大変なことは多いんですが、やっぱり世界を目指せるとか、自分の可能性を賭けてがんばるということもすごく素敵だし、オリエンテーリングは体力だけではなくて経験がすごく大事で、いろんな技術を求められる奥深い楽しいスポーツなので、本当に多くの人が長く続けてもらえればよいなと。だから私でもできることを見せることで、もっと競えるような盛り上がりを作り、世界や日本のトップを競える仲間が増えればよいなと思っています。

 母になってもどこかほんわかした雰囲気は昔のまま変わらない。しかし競技のこと話し出すと鋭い口調となり、聞く方をドキッとさせる。それもまた以前と変わらない彼女の魅力だろう。母となりさらなる強さを増したのか。世界選手権での活躍はもちろん、その後の皆川選手にも注目したい。

(※1) 05年44位、06年41位、12年34位
(※2) WOCで2年連続決勝進出を果たし、その後の活躍を期待されながら06年末、香港の大会で足首骨折の大けがを負う。
(※3) 今年のWOCは1999年にもWOCが開催されたイギリス・スコットランドのインヴァネスでの開催。
(※4) 勤務先の株式会社リテラメッドではトレーニングや遠征のために特別な勤務体系を用意してもらっていた。

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